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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2630号 判決 1980年2月20日

昭和五〇年(ネ)第二六三〇号事件控訴人

同年(ネ)第二六三九号事件被控訴人

(第一審原告)

石川惣喜

右訴訟代理人

野村幸由

昭和五〇年(ネ)第二六三〇号事件被控訴人

同年(ネ)第二六三九号事件控訴人

(第一審被告)

加藤昭穂

右訴訟代理人

青柳健三

主文

昭和五〇年(ネ)第二六三〇号事件について。

一  原判決中控訴人(第一審原告)敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人(第一審被告)は控訴人(第一審原告)に対し、原判決添付物件目録記載の土地建物につき、横浜地方法務局戸塚出張所昭和四八年四月六日受付第一五七一八号根抵当権設定登記及び同法務局同出張所同日受付第一五七一九号条件付賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

三  被控訴人(第一審被告)が、控訴人(第一審原告)と訴外有限会社鶴栄冷暖房工業とを連帯債務者として、昭和四八年四月六日金四〇〇万円を貸付けた旨の消費貸借契約の債務のうち、控訴人(第一審原告)の債務が存在しないことを確認する。

四  訴訟費用(当審における新訴に関する訴訟費用を含む)は、第一、二審とも被控訴人(第一審被告)の負担とする。

昭和五〇年(ネ)第二六三九号事件について。

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人(第一審被告)の負担とする。

事実《省略》

理由

(昭和五〇年(ネ)第二六三〇号事件について)

一本件土地建物が第一審原告の所有であること、右土地建物について、第一審被告のために、横浜地方法務局戸塚出張所昭和四八年四月六日受付第一五七一八号をもつて、別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記が、同法務局同出張所同日受付第一五七一九号をもつて、別紙登記目録二記載の条件付賃借権設定仮登記が、それぞれなされていることは、当事者間に争いがない。

二第一審被告は、右各登記の原因たる本件貸付契約並びに本件根抵当権設定契約及び本件条件付賃借権設定契約を、直接第一審原告と締結した旨主張し、<証拠>には第一審原告名義の署名押印(その印影がいずれも第一審原告の印鑑により顕出されたものであることは、当事者間に争いがない。)が存するが、右署名押印は、後記認定のようにいずれも鶴榮冷暖房代表取締役山中光義が第一審原告に無断でなしたもので、真正に成立したものでないことが認められ、前記事実の認定に供することはできず、その他に右主張を認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

三次に、第一審被告は、仮に第一審原告が前記各契約を締結したものではないとしても、前記山中光義が第一審原告の代理人として右各契約を締結したものであり、仮に山中に代理権がなかつたとしても第一審原告は民法一〇九条、一一〇条の表見代理の責任を免れないと主張し、第一審原告はこれを争うから、考えるに、第一審原告が鶴榮冷暖房代表取締役山中光義に対して、同会社が正規の金融機関から金員を借り入れるにつき、借入金四〇〇万円を限度として、本件土地建物を右借用金債務の担保に提供することを承認し、右担保権設定の目的で本件土地建物の権利証、第一審原告の印鑑証明書二通及び実印を交付したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、同号証の債務者欄の鶴榮冷暖房代表取締役の記名押印は真正なものであること、同欄及び設定者欄の第一審原告は山中光義が記入し、その名下の印影は同人が第一審原告の印鑑をもつて顕出したものであること、以上の署名、記名、押印は、印刷文言のみ記載のある根抵当権設定契約証書用紙になされたものであり、ペン書き記入部分はその後に第一審被告によつて記入されたものであること、第一審被告作成部分、登記所作成部分は真正に成立したものであることを認めることができる。)、<証拠>により、第一審原告の名は山中光義が記入し、その名下の印影は同人が第一審原告の印鑑をもつて顕出し、その余の部分は第一審被告の従業員が記入したものと認められる<証拠等>により、鶴榮冷暖房代表取締役の記名押印は真正なものであり、第一審原告名は山中光義が記入し、その名下の印影は同人が第一審原告の印鑑をもつて顕出したものであることが認められる<証拠等>により、鶴榮冷暖房代表取締役の記名押印は真正に成立したものであり、第一審原告名は山中光義が記入し、その名下の印影は同人が第一審原告の印鑑をもつて顕出し、その余のペン書きの部分は後日第一審被告によつて記入されたものであることが認められる<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  第一審被告(当時、二五歳)は、昭和四八年二月頃伊丹産業の名称で金融業を始め、翌三月から名称を株式会社伊丹産業に変更し(右は未登記であり会社として設立されたものではない。)、板木優ほか四名の従業員を使用し、右業を営んでいた。

(二)  第一審原告は、昭和三七年五月から日本鋼管株式会社に勤務していたが、昭和四八年二月下旬同会社を退職し、翌三月鶴榮冷暖房に入社した。

(三)  鶴榮冷暖房代表取締役山中光義は、昭和四八年三月下旬頃、同会社が他から事業資金の融資を受ける必要上、第一審原告に対し、第一審原告所有の本件土地建物の担保提供方を求めた。その際、同人は、第一審原告に対して、同人の義兄が横浜信用金庫の役員と知合いなので同金庫に交渉して融資を受ける旨述べたので、第一審原告は、同会社が右金庫その他の正規の金融機関から融資を受ける場合に限定して、担保提供を承諾し、なお、右借入限度額は四〇〇万円とすること及び同社が右金員を借り入れた場合は内金一〇〇万円を第一審原告の必要に充てるため第一審原告に交付することを、右山中との間に取り決めた。

(四)  ところが、右山中は横浜信用金庫はじめ正規の金融機関から融資を受けるべく努力したが、実現しなかつたため、同年四月初め、第一審原告に無断で、第一審被告に対して本件土地建物を担保に金員の借用方を申し入れ、一方第一審原告に対しては、先ず、横浜信用金庫が本件土地建物の権利証を見たいと言つているのでと言つて、該権利書を預かり、次で、同金庫から融資を受けられることになつたと言つて、第一審原告の印鑑証明書二通と実印の交付を受け、同月六日、第一審被告営業所に赴き、同所において、鶴榮冷暖房の代表取締役及び第一審原告の代理人として、第一審被告との間で、同会社及び第一審原告を連帯債務者として、金四〇〇万円を、第一審被告主張の約(抗弁(一))で借用する旨の本件貸付契約を締結し、右金四〇〇万円より一か月分の利息を天引した金員を受領し、右貸金の支払のために同会社振出しの金額四〇〇万円の先日付小切手(同年五月一五日付)を交付し、同時に第一審原告を代理して第一審被告との間で、右借用金債務を担保するため第一審原告所有の本件土地建物につき極度額を金五〇〇万円とする本件根抵当権設定契約及び本件条件付賃借権設定契約を締結した。(その際作成されたのが、根抵当権設定契約証書、委任状、承諾書及び委任状で、これらの書面にある署名、記名、押印は、すべて前記場所において、第一審被告の面前で行われた。これら書面に存する第一審原告名が右山中によつて記入され、その名下の印影が同人によつて第一審原告の印鑑をもつて顕出されたものであることは、前記のとおりである。なお、右の事実中、小切手の交付の事実は、当事者間に争いがない。)

(五)  右各契約に際し、山中は第一審原告から預つた第一審原告の実印を持参しており、かつ第一審原告から預つた本件土地建物の権利証及び印鑑証明書を第一審被告に手渡したので、第一審被告は、山中が第一審原告を代理して右各契約を締結する代理権を有するものと信じ、右各契約締結の上、即日本件根抵当権登記及び本件賃借権仮登記手続をした。

以上の事実が認められる。<証拠判断略>。(甲第二四号証は、「担保差入れ承諾書」と題する書面(作成者欄空白)であつて、第一審被告は同書証の認否において、右は第一審原告が作成したものであると主張するが、これを認めるべき証拠はなく、かえつて原審における第一審原告及び第一審被告各本人尋問の結果によれば、右は第一審被告作成にかかるもので、第一審被告が後目その作成者欄に第一審原告の署名押印を求め、第一審原告に拒絶されたものであることが認められるから、右書証はなんら上記認定の妨げとなるものではない。)

前記争いのない事実及び上記認定事実によれば、山中光義は、第一審原告から、鶴榮冷暖房が横浜信用金庫その他の正規の金融機関に負担する借用金債務を担保するため、本件土地建物に抵当権等の担保権を設定することにつき、代理権を授与されたところ、右権限を踰越して、第一審原告に無断で、右正規の金融機関とはいえない第一審被告との間で、第一審原告をも連帯債務者とする本件貸付契約、根抵当権設定契約、条件付賃借権設定契約を締結したものというべきでるから、右山中が第一審原告の代理人として右各契約を締結した旨の第一審被告の主張は理由がなく、第一審被告が山中に右各契約締結の権限があると信ずるにつき正当の理由があつたどうかが問題であるといわなければならない。(第一審被告代理人は、当審における併合前の、昭和五〇年(ネ)第二六三九号事件第一回口頭弁論期日において陳述した昭和五一年二月一六日付第七準備書面において、第一審原告は、原審で陳述した昭和四八年一一月一二日付準備書面(其一)の一枚目裏に記載されてあるように、山中光義は第一審原告の承認の下に、株式会社伊丹産業から、本件土地建物を担保として金四〇〇万円を金借した旨主張して、先行自白した旨主張するが、右準備書面(其一)の一枚目裏の右記載は、その前後の記載部分に照らして、右主張の如き先行自白したものとは認められない。)

ところで、第一審被告は金融業者であるところ、代理人と自称する者が、本人を物上保証人として、専ら代理人自身のために金融業者に金融を申し込む場合、実際にはその代理権を有していないという事例が世上ままあることであるから、右申込みを受けた金融業者は、代理人と称する者が本人の実印、印鑑証明書、担保物件の権利証等を所持しているときでも、なおその者に本人を代理して法律行為をする権限の有無について疑念を生じさせるに足りる事情が存する場合には、その自称代理人の代理権の有無につき、本人に照会するなどして、その意思を確認する手段をとるべき義務があり、これを怠つてその者が右実印等を所持していたことのみにより代理権があるものと信じたにすぎないときは、いまだ民法一一〇条にいう代理権ありと信ずべき正当な理由があつたものといえないというべきである。これを本件についてみるに、<証拠>によれば、第一審被告は鶴榮冷暖房代表取締役山中光義から金融の申込みを受けた際、同人の言により、担保提供者である第一審原告が鶴榮冷暖房の従業員であること並びに申込み金員(四〇〇万円)が一部原告使用分(一〇〇万円)を除きすべて鶴榮冷暖房の用に充てられることを知つたことが認められ、かつ、代理人と称する山中は第一審原告作成の委任状を持参した者ではなく、本件取引における委任状とされているものがいずれも第一審被告の営業所において第一審部告の面前で山中によつて作成されたものであること前記のとおりであり、なお担保に供される本件土地建物が第一審原告の居住物件であることも第一審原告の印鑑証明書上の住所の記載から明らかなところであるから、第一審被告は山中が本件各契約を締結する代理権を有するか否かにつき疑問を抱いてしかるべき状況にあつたといわなければならない。しかるに、第一審被告は山中の代理権の有無について本人たる第一審原告に照会するなどしてその意思を確認する手段をとつた形跡は全くなく(この点につき、第一審被告は、本件貸付に際し、従業員板木優をして第一審原告に電話をかけさせ、第一審原告に本件貸付の連帯債務者、担保提供者となるべき意思のあることを直接確認した旨主張し、<証拠>中にはこれにそう部分があるが、右各供述は<証拠>に対比して、到底信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。)、山中が本件土地建物の権利証、第一審原告の実印、印鑑証明書を持参して来たことから山中の言をうのみにして山中に代理権があると軽信し、本件貸付契約に関する契約書すら作成することなく、本件根抵当権登記及び賃借権仮登記を急いで行つたものであつて、第一審被告に山中の代理権ありと信ずべき正当理由があつたものということはできない。

また、第一審原告が山中に前記権利証、実印、印鑑証明書を交付したことをもつて代理権授与の表示と認めるとしても、上記認定、判断したところによれば、第一審被告が山中に代理権があると信じたことには過失があるというべきである。

従つて、第一審被告の表見代理の主張も理由がない。

四次いで、第一審被告の追認の抗弁につき判断するに、先ず、第一審原告が本件貸付金四〇〇万円のうち一〇〇万円を自己の用途に費消したとの第一審被告の主張については、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて<証拠>によれば、右貸付金四〇〇万円は鶴榮冷暖房が借入直後全額を自己の用に費消し、第一審原告には全然渡さなかつたことが認められるから、右主張は採用できない。(付言するに、右第一審原告の供述によれば、第一審原告は本訴提起後の昭和四八年六月本訴の裁判費用のため山中から一〇〇万円の交付を受けたことが認められるが右一〇〇万円が右貸金四〇〇万円の中から交付されたものでないことは、右時期の点からして明らかである。)

次に、第一審原告が第一審被告に対して担保手形を振出交付したとの第一審被告の主張について見るに、山中が本件各契約に際し、第一審被告に対し、本件貸付金債務担保のため、鶴榮冷暖房振出しにかかる金額四〇〇万円の小切手(昭和四八年五月一五日付の先日付小切手)を差し入れていたこと、同年四月二八日同会社が銀行取引停止処分を受けたこと、第一審被告が右小切手に代わる担保手形の差入れを山中に要求したこと、第一審原告が同年五月一七日横浜信用金庫瀬谷支店に取引口座を開設したこと、並びに原告振出名義の金額三九〇万円の約束手形(支払場所、横浜信用金庫瀬谷支店)が第一審被告の入手するところとなつたことは、当事者間に争いがないが、右約束手形を第一審原告が山中を介して第一審被告に交付した旨の<証拠>は<証拠>と対比して措信し難く、他に右約束手形が第一審原告の意思に基づいて第一審被告に交付されたことを肯認するに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>によれば、前記横浜信用金庫瀬谷支店の第一審原告の取引口座は、銀行取引停止処分を受けて営業上支障を来していた山中から、第一審原告の口座を使わせてくれと懇請されて開設したものであること、第一審原告は右口座開設の前記五月一七日頃初めて、山中が第一審被告から融資を受け、第一審原告に無断で本件土地建物を担保に供したことを知り、登記簿を調べたところ、本件土地建物について第一審被告のため本件根抵当権登記及び賃借権仮登記がなされたばかりでなく、訴外千葉秀春を権利者とする所有権移転請求権仮登記(原因、売買予約)がなされていることが判明し、驚いたこと、山中は銀行取引停止処分後第一審被告から貸金の返済をきびしく督促され、右貸金の担保に鶴榮冷暖房所有の乗用者を持ち去られるほどであつたので、第一審被告から、先に山中が第一審被告に差し入れていた小切手に代わる担保手形の差入れ方を要求されるや、前記横浜信用金庫瀬谷支店から交付されていた約束手形用紙を用いて、振出人欄に前もつてみずから作成した第一審原告のゴム印及び印鑑を押捺し、第一審原告振出名義の金額三九〇万円の前記約束手形ただし、名宛人は「株式会社伊丹産業」と記載されていた。)を完成した上、第一審原告に対し、自己の窮状をうつたえ、右約束手形を第一審被告に差し入れることの承認を求めたこと、これに対して第一審原告は、山中の言によつても第一審被告からの金員借入の契約内容が明らかでないので、第一審被告に会つて、直接右契約内容を確認しなければ山中の右申出に応ずることはできないとして、同月一九日午後山中とともに第一審被告営業所に赴いたが、当日は土曜日で、営業時間経過後であつたため、第一審被告に会うことができなかつたこと、しかるに、山中は翌々日の同月二一日第一審被告から再び担保手形の差入れを強く要求されたため、その手中に存する前記第一審原告振出名義の金額三九〇万円の約束手形を、第一審原告に無断で、第一審被告に差し入れたこと、第一審原告はこれを知り、同月二九日第一審被告を相手に本件各登記の抹消を求めて本訴を提起するに至つたこと、以上の事実が認められるから、第一審被告の前記主張もまた採用することはできない。

してみれば、第一審被告の追認の抗弁もまた理由がないというべきである。

五以上のとおりであるから、第一審原告の本件各登記の抹消登記手続請求は理由があり、これを認容すべく、これと異なる原判決の第一審原告敗訴部分を取り消すこととし、また当審において新訴として追加された債務不存在確認請求もまた理由があり、これを認容すべきである。

(昭和五〇年(ネ)第二六三九号事件について)

本件公正証書の無効に基づく転付債権返還等の請求については、当裁判所の判断も、これを認容すべきものとするものであり、その理由は、次のとおり付加補正するほかは、原判決理由説示(原判決一八枚目―原審記録三八丁―第一行目から、原判決一九枚目―原審記録三九丁―表末行まで。)と同一であるから、これを引用する。

一原判決一八枚目裏一〇行目「本人の供述」の次に「(原審及び当審)」を、末行「これらは、」の次に「原審及び当審における」を、それぞれそう入する。

二また第一審被告は、当審において、仮定抗弁として、右公正証書に記載された消費貸借契約について、第一審原告は、山中に代理権を授与していたものであり、この代理権の中には、当然に公正証書作成嘱託の代理権限も含まれている旨主張するが、山中に右消費貸借の代理権の存在しなかつたことは、前記昭和五〇年(ネ)第二六三〇号事件について先に判断したとおりであるから、右主張は採るを得ない。

更に第一審被告は、山中の右行為が無権代理行為であるとしても、第一審原告はこれを追認した旨主張する。その事実の認められないことも、前記昭和五〇年(ネ)第二六三〇号事件について判断したとおりであり、この主張もまた採用し得ない。

よつて原判決は相当であり、第一審被告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとする。

(むすび)

以上のとおりであるから、訴訟費用(当審における訴訟に関する訴訟費用を含む)の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大内恒夫 森綱郎 新田圭一)

別紙<省略>

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